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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)117号 判決 1963年4月30日

原告 ハインリツヒ・マツク・ナツハフオルゲル

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告のため上告の附加期間を三カ月と定める。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三六年抗告審判第二七四八号事件について昭和三七年三月二六日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、次のとおり主張した。

一、原告は、別紙表示のとおり、正六角形の中央上寄りに「APIFORTYL」の九字をきわめて顕著に左横書し、その上に左横書した「30Kapseln」の文字、またその下には蜜蜂の図形、ならびに二重の円輪郭内部に左横書した「MACK」の文字をそれぞれおぼろげに配して成り、着色を「APIFORTYL」の部分のみ黒く、他は淡黄色に限定して成る商標につき、指定商品を旧第一類化学品、薬剤及医療補助品として、昭和三五年一月二三日、同年商標登録願第一七〇〇号として登録出願をし、同年三月一四日、これを登録第五四二二三九号および商願昭三五・一六九九号の商標との連合商標として登録出願をするむね、また昭和三六年三月一三日付で、右商標中「MACK」の文字自体について権利を要求しないむねを申し出たが、昭和三六年六月五日、拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年九月一九日これに不服の抗告審判を請求し、同年抗告審判第二七四八号として審理されたが、昭和三七年三月二六日、「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決があり、原告は同年四月四日に右審決の謄本の送達を受けた。なお、右審決に対する出訴期間は同年八月四日まで延長された。

二、本件審決の理由の要領は、次のとおりである。

原査定において拒絶の理由に引用した登録第五六一六六一号の商標は「マツク」の片仮名を横書して成り、旧第一類化学品、薬剤及医療補助品を指定商品とし、昭和三四年一〇月八日登録出願、同三五年一二月一〇日にその登録があつたものである。

よつて両商標を比較するに、これを称呼上よりみるとき引用商標は「マツク」の称呼を生ずること明らかなものであるのに対し、本願商標中円輪郭内に表わされた「MACK」の文字は、たとえ抗告審判請求人がその文字を権利不要求しても、その文字自体、指定商品との関係において品位、品質、効能或は自己の商号を普通に使用される方法を以て表示したもの等とは認められず、旧商標法第一条第二項に規定する自他商品を甄別するに足る標識としての特別顕著の要件を具備しているものと認められ、したがつて、これより「マツク」の称呼をも生ずるものといわざるを得ない。

してみれば両商標は、称呼を同一にする場合があり、しかもその指定商品も全く同一のものである。故に本願商標は旧商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否すべきものと認める。

なお、抗告審判請求人は、本願商標からは「アピフオルテイル」の称呼を生ずるのが自然であり、その称呼を生ずる登録第五四二二三九号の商標と連合の出願に訂正したものであるから、当然登録されるべきであると主張しているが、「MACK」の文字もこの商標の要部と認められる以上、引用の登録商標と類似するものと認められるので、この主張は採用できない。

三、右審決は、つぎの理由により違法であつて、取り消さるべきである。

(一)  本件審決は、本願商標の要部に関する認定を誤まり、これより生ずる称呼について誤まつた判断をくだしている。

すなわち、右審決においては、「MACK」の文字もまた本願商標の要部なりとしたが、本願商標はその構成態様よりみてもあきらかなように「APIFORTYL」の九字がきわめて顕著に記載してあつて、本願商標の要部は正にこの「APIFORTYL」の欧字の部分に存する。これは本願商標を一目みれば容易に首肯し得られるところである。そして、これ以外の文字や図形は地色と同色ではなはだおぼろげに記されており、特に本願商標の下部にある「MACK」なる文字は見え難いもので、その構成態様その他よりみて、とうてい本願の要部とは考えられず、本願商標から「マツク」なる称呼を生ずることはない。したがつて、「マツク」なる構成を有する引用の登録第五六一六六一号商標とは非類似である。

(二)  加うるに、いま問題となつている「MACK」なる語は、原告すなわち本願商標の出願人の姓ないしは略称にすぎず(ちなみに原告の名称「ハインリツヒ・マツク・ナツハフオルゲル」とは「ハインリツヒ・マツクの後継者」という意味である。)、かつ「マツク」なる姓は外国人においてありふれた姓である。このように出願人の姓をあらわすに過ぎぬ語は、とくにそれがありふれたものである場合には重要な意味をもつものではなく、したがつてこれと他の要素と結合した商標にあつては、他の要素が重要視され、それより称呼、観念等が生ずるものであること、東京高等裁判所昭和二八年(行ナ)三二号、昭和三〇年二月一七日判決の説示するところによつても、明らかである。

ところで、原告の名称中「ハインリツヒ」が男性の名であることは顕著な事実であり、つぎの「マツク」は姓に相当する。ひるがえつて、ある姓名を構成部分として有する商号ないしは名称を略してよぶときは、その姓の部分のみを抽出してよぶのが通例であり、そのことは、国内国外を問わず、著名の製薬会社の実例によつても明らかなところである。さらに、「マツク」なる姓は外国においてはありふれたものであり、その事実がわが国においても顕著である以上、国際間の交通、文化の交流等がきわめていちぢるしい現代にあつては、国際的視野にたつて事物を考察する必要があるから、本願商標の審査にあたつて、右事実を念頭におくべきは当然である。

要するに、本願商標の要部は「APIFORTYL」の部分であつて、「MACK」の部分は要部ではなく、したがつて本願商標から「マツク」の称呼を生ずることはないといわなくてはならない。

(三)  ことに、本願商標中「MACK」なる部分自体については権利を要求しないむね申し立ててある。かかる権利不要求の部分よりは特定の識別力を生じないため、この部分を類否判断の資料とすることは不当である。(大審院昭和一六年(オ)一一三七号、昭和一七年六月一七日判決参照)

本願商標における「MACK」の部分は権利不要求であるから、この部分をもつて類否判断の資料とした審決は当を得ぬものと考える。

この点について、審決は、「MACK」の文字はたとえ権利不要求しても、その文字自体、指定商品との関係において品位、品質、効能或は自己の商号を普通に使用される方法を以て表示したもの等とは認められず、旧商標法第一条第二項に規定する自他商品を甄別するに足る標識としての特別顕著の要件を具備するものと認められ、したがつてこれより「マツク」の称呼をも生ずるものといわざるを得ない、と述べているが、「品位、品質、効能或は自己の商号を普通に使用される方法を以て表示」うんぬんとは、商標権の効力の及ばない範囲にかんする規定である旧商標法第八条にあらわれている概念であつて、商標の特別顕著性の定義を直接に定めたものではない。すなわち同条第一項は、通説の教えるところによれば、「ここに列挙したものは特別顕著性を欠く」とする消極的定義であつて、「ここに列挙しないものは特別顕著性を有する」という意味ではない。したがつて、右の規定を引いて、本願商標中「MACK」の部分に特別顕著性ありとした本件審決は、法律の解釈適用を誤まつたものであつて、不当である。いわんや本願商標はその「MACK」の部分については権利を要求しないむね申し立てたもので、本願商標の効力は旧商標法第八条第二項の規定により「MACK」の部分自体には及んでいないのである。

第二被告の答弁

被告指定代理人は、主文第一、二項どおりの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の請求原因中、原告がその主張の商標につき、その主張のとおり商標登録出願をし、その拒絶査定に対する不服の抗告審判において、原告主張のとおり「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決があり、原告はその主張の日に右審決の謄本の送達を受け、これに対する出訴期間も原告主張のとおり延長されたことおよび右審決の理由の要領が原告主張のとおりであることは認めるが、右審決の違法である理由として原告の主張する諸点については争う。

二、原告は、審決は本願商標の要部に関する認定を誤まり、ひいてこれより生ずる称呼について誤まつた判断をくだしている、と主張するが、およそ、商標中に二以上の自他商品を区別する標識となるべき要部があるとき、取引界の実状として、吾人に最も親しみ深く、簡単明瞭な要部を抽出して、これによつて取引が行われていることは、経験則に徴し明らかである。

してみれば「APIFORTYL(アピフオルテイル)」という長い呼称をもつて取引するより「MACK(マツク)」という短い称呼をもつて取引されるであろう。

商標の自他商品を区別する標識となる部分が、「大きい」、「小さい」の差、もしくは「良く見える」、「良く見えない」の差によつて、或は要部となり要部とならないものとは考えられない。本願の商標中「MACK」の文字は地色と同色で見え難いとしても、なお自他商品を区別する標識となり得る部分であつて、これより「マツク」の称呼をも生ずるとした本件審決にはなんらの違法性はない。

三、原告は、さらに「MACK」の文字は原告の姓ないし略称に過ぎず、また「マツク」なる姓は外国においてはありふれた姓である、と主張している。

しかし、「MACK」の文字が原告会社の商号の一部に存するからといつて、それをもつて直ちに商号の略称とは認められない。また、「マツク」なる姓が外国人においてありふれた姓であるとしても、それはあくまでも外国の実状であつて、わが国における商標の類否判断について、外国の事情に左右される必要はないのである。

四、旧商標法第八条第一項は、原告も認めるとおり、「この条文に列挙したものは特別顕著の要件を欠く」とする消極的定義でもある。そのように解すれば、本願商標に表わされた「MACK」の文字はこれにあたらず、特別顕著の要件を具備していると認めた本件審決には、なんらの違法性はない。かえつて、原告が、特別顕著性を有すると認められる「MACK」の文字自体について権利不要求の申出をし、旧商標法第二条第一項第九号の適用を排除しようとしたことは、被告の了解に苦しむところである。

以上のとおり、本件審決には、これが取消の理由たるべきなんらの違法性がない。

第三証拠<省略>

理由

一、原告が別紙表示の商標につきその主張のとおり登録出願をしたところ、拒絶査定を受けたので、これに不服の抗告審判を請求したが(昭和三六年抗告審判第二七四八号)、その主張の日に「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は原告主張の日原告に送達され、その主張のとおりこれに対する出訴期間が延長されたことおよび右審決の理由の要領が原告主張のとおりであることについては、当事者間に争がない。

二、原告は、審決が、本願商標はその構成に存する二重の円輪郭内の「MACK」の部分から「マツク」の称呼を生ずる、と認めたことをもつて、商標の要部に関する認定を誤まり、ひいてこれより生ずる称呼について誤まつた判断をくだしたものと主張する。

本願商標中「MACK」の文字を記載した部分が地色と同色で見え難いものであることは、被告もあえて争わないところであり、成立に争のない甲第一号証の本願商標見本を見ると、本願商標中右「MACK」の部分は他の「APIFORTYL」の文字を記載した部分および蜜蜂の図形を表わした部分と比較して小さいことが明らかである。しかし、右甲第一号証に本件口頭弁論の全趣旨により本願商標を使用した原告の商品容器であると認め得る検甲第一号証をあわせ考えると、本願商標中「MACK」の部分は、これを見るもの、また右商標を附した商品容器を手にするものが、通常取引に用いる注意力をもつてするときは、容易にその認識から逸脱することがないと認めるのが相当である。ことに、右商標中黒く顕著に記載された「APIFORTYL」の語は長く、日本人にとつて発音や記憶に困難であるので、右商標を附した商品の記憶や識別のために他の文字の記載である「MACK」の果す役割は相当に大きいものであるといわざるを得ない。

原告は、「MACK」とは原告の名称中姓をあらわす部分ないしは略称に過ぎず、しかもそれは外国人の姓としてありふれたものであるから、これから商標の称呼が生ずることはない、と主張するが、単に人の姓あるいは略称であるということをもつて、それが商標の要部であることを否定することができないことは、いうまでもなく、仮にそれが原告の主張するように外国人の姓としてありふれたものであるとしても、これと事情を異にするわが国において、かつ本願商標の指定商品である化学品、薬剤および医療補助品の取引については、自他商品識別の標識たる機能を十分に果し得るものといわなくてはならない。旧商標法第八条第一項は、商標権の効力は普通に使用される方法で自己の氏名、名称もしくは商号又はその商品の普通名称、産地、品位、品質、効能、用途、製法、時期、数量、形状もしくは価格を表示するものに及ばないむね規定するが、この規定は商標権の効力の及ばない範囲に関する規定であつて、仮に右規定の趣旨が、普通の方法でこれらの事項を表示したものには自他商品の甄別標識である特別顕著性がない、とするにあるとしても、本願商標において「MACK」の文字が表示されている態様は別紙に示すとおり、二重の円輪郭内に「A」の頂部を特に高くあらわし「MACK」と左横書したものであつて、普通に使用される方法で氏名等を表示したものということはできず、これをもつて自他商品を識別する標識であるとするにさまたげがない。原告が本件出願にさいし、出願商標中右「MACK」の部分につき旧商標法第二条第二項の規定により権利を要求しないむねの申出をした事実も亦、右認定を左右するに足りないものというべく、原告の引用する各判例の事案も本件と事実関係を異にし、これをもつて本件を推すことはできない。

これを要するに、本願商標中「MACK」の部分は、自他商品を識別する標識たる点において、その要部であるというべく、この部分よりして本願商標は「マツク」の称呼をも生ずるものといわなくてはならない。

三、成立に争のない甲第四号証(商標公報)および本件口頭弁論の全趣旨によれば、本件審決が引用した登録第五六一六六一号の商標は、「マツク」(ツの字はやゝ小さく表わされている。)の片仮名を左横書して成り、旧第一類化学品、薬剤及び医療補助品を指定商品として昭和三四年一〇月八日に登録出願されたもので、すでに登録されているものであることが明らかである。してみれば、それが「マツク」の称呼を生ずるものであることは、いうまでもなく、したがつて本願商標は「マツク」の称呼を共通にする点において右先登録の商標と類似しており、またこれを使用する商品についても右登録商標と同一であるといわなくてはならない。

本願商標は引用の登録商標と称呼を同一にする場合があり、指定商品も全く同一であつて、旧商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否すべきものとした本件審決の判断は相当であり、これを取り消すべきなんらの違法の点を見出すことができない。

よつて、本件審決の取消を求める原告の請求を理由のないものと認め、訴訟費用の負担および上告附加期間の定めにつき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

(別紙)<省略>

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